自分の人生はあと何年だろうか?
気づいたら今年ももう終わりですね。
年末になると、1年でやり遂げた事がいかに少ないかを痛感します。
しかし、いつも何が出来て何が出来なかったのか明確になっていません。
なぜなのか?
そもそも計画を立て振り返る、という事をしていないからです。
ただ過ぎていく毎日にかまけていると飛ぶように時間が過ぎ、
気づいた時には恐ろしいほど何も出来ていないのです。
昔話の浦島太郎は、さほどフィクションではないのではないでしょうか。
ただ惰性で日々を過ごすことはとても簡単です。
私は20代をただ惰性で過ごしてしまい、そのツケが今回ってきています。
ツケが溜まっていることは認識していながら、その対策が出来ていないのです。
そもそも計画を立てようとしていなかったことが根本の問題です。
では、なぜ計画を立てようとしなかったのか?
計画を立てるという行動をスケジューリングしていなかったからです。
では、なぜ計画を立てるという行動をスケジュールしていなかったのか?
この一年で何を成し遂げたいのか、ハッキリしていなかった為だと思います。
では、なぜこの一年で何を成し遂げたいのか、ハッキリしていなかったのか?
人生で何を成し遂げたいのかがはっきりしていないからでしょう。
では、なぜ人生で何を成し遂げたかがハッキリしていないのか?
自分の人生について考えていないからでしょう。
では、なぜ自分の人生について考えていないのか?
人生の短さについて実感が足りなかったからでしょう。
トヨタみたいになぜなぜ5回してみました。
結果、”人生の短さの実感が足りない”のが根本課題だという結論になりました。
では、その根本課題に対して、どのような打ち手をすればよいのでしょうか?
”人生の短さの実感が足りない” とはどういうことか?
もっと具体的に言い換えてみた方がいいのかもしれません。
私は今30歳過ぎ。
仮に80歳まで生きるとして、あと50年もない。
仕事を出来るのは65歳までとして、あと35年もない。
仕事を出来る年齢が、人生を活発に過ごせるとしたら、
ざっくりいって30年くらいしかありません。
これまで23歳から働き始め、ぼんくらに過ごしてきた10年はあっという間でした。
同じような10年が3回過ぎてしまうとしたら、後悔必死です。
計画どおりに人生が進むものではありませんが、やはり計画を立てるというのは、
自分の人生の理想を考えることになり、真剣に自分の人生について考えることになるので、必須の事だと思います。
年末年始はもう少し考えてみたいと思います。