庶民リーマンが年収3000万を目指しているようです

生き方を模索するアラサ―リーマンの日記です。 *「アラサーリーマン日々生き方日記」からタイトル変更しました。

久しぶりに書きます

前回の記事から大分日が経ってしまいました。

 

仕事の状況が変わりバタバタしています。

 

バタバタしている中で、果たして自分が求めているものは何か?

 

自分の幸せはどんな姿なのか?

 

このままでいいのか?

 

と考えています。

 

自分はどうしたいのか?

 

・人の役に立つ人間になりたい。

・家族を幸せにできる人間になりたい。

・心地よい環境で過ごしたい。

 

そんなところでしょうか。

 

至ってシンプルでよくある事柄です。

 

自分の時間を失くしてお金だけ稼いでも空しいだけです。

 

とりあえず数か月は必死で仕事をしてみようかと思います。

禁酒しよう

もういけない

 

最近毎日酒を飲んでいた

 

一瞬の快楽のために金と時間を無駄にする行為

 

それが飲酒

 

人と飲むならい

 

しかし一人酒はよろしくない

 

一人酒禁止

耳栓で熟睡

久しぶりに熟睡できた~!!

 

感動のままここに書きます。

中身はたいしてありません(汗)

 

最近同じマンションの住人の話し声・物音で目覚めることがあり、熟睡できていなかったのですが、久しぶりにできました。

 

超キモチいい。

 

正確には、最近の早起きのせいでいつもの時間に起きて二度寝したんですが、それでも

 

超キモチいい。

 

睡眠ってこんなに気持ちいいんだ。。

ってどれだけよ寝ていなかったんだろう。。

 

耳栓は100均で買ったので十分でした。

ソフトでつまんで小さくできて、耳に入れたあと大きくなって耳の穴が塞がるやつ。

ただ同じものを使い続けるのは衛生面で問題があるから、

洗うか毎日新しいものを使う必要があります。

 

 

やはり睡眠は超大事ですね。

 

人生は浮世

人生には実体はなく、自分の認識で形成される。

 

よく言われることですが、やはりこのように考えて自分の意図する方向に人生を持っていきたいものです。

 

人生での出来事自体に意味はなく、その解釈をその人がするだけです。

 

どんなことが起こっても、それは客観的には喜劇でも悲劇でもない。

 

であるならば、自分の考えで喜劇にすればいい。

 

もちろんハード・ヘビーな内容で簡単にはそう思えないかもしれませんが、考え方だけでも何とか良いほうに持っていけたら、大分変ると思います。

 

どこかに閉じ込められているのでなければ、自分に出来ることはまだまだ沢山あるはずです。

 

踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿保なら踊らにゃ損損です。

信じられるのは自分だけ

自分のことを信じていますか?

 

私は少しずつ信じられるようになってきました。

 

信じる、というと自信満々でキノピオみたいに鼻高くいるというイメージになりますが、それとは違います。

 

自分の事を本当に信じられるのは自分だけだし、最大のパワーを自分に与えられるのも自分だけです。

 

信じるのに理由はいりません。

ただ、いきなり高いハードルを飛ぼうとすると疲れてしまうので、ほんの小さな事から始めるのがオススメです。

 

たとえば、布団を干すと決めたら干す、食器を洗うと決めたら洗う。

そんな風に自分で決めた事をちゃんと実行していってください。

やる事は、自分がちょっと面倒くさいと思う事が良さそうです。

 

そうすると、少しずつ自分を信じる"ノリ"が出来てきます。

 

人は気分で動くので、そうなれば勝ったも同然です。

 

小さな一歩の積み重ねで大きな収穫を得る。

それが一番かもしれません。

 

一つ一つは小さくでも重ねれば大きくなるはずです。

人生はお金ではない、しかしお金が欲しい

人生はお金ではありません。

 

しかし、お金の先に欲しいものがあれば、お金は必要になります。

 

今の時代、たいしてお金がなくても生きていけます。

 

お金があっても、お金がなくても、短い浮世のこと、高い視座から見たらどっちでもいいかと思います。

 

しかし、私はもっと良い気分を味わいたい。

 

自分の家族にもっと良い気分を味わわせてみたい。

 

そのためには何が必要か。

 

そのためにはどんなプロセスが必要か。

 

もちろん、そのために自分の大事なものを犠牲にしては本末転倒なので、そうならないように考えたいところです。

 

もっと先に行こう。

日々の「充実感」を得るために

日々の「充実感」を得るために必要なことは何でしょうか?

 

こちらのサイトに

”充実感は自分の力をそれなりに発揮できたときに感じられるものです”

とあり、確かにそのとおりだなと思いました。

充実感のある生き方 − 『にんげんだもの』相田みつを

 

人は何かしら自分ならではと思える能力を発揮したいと思っているものだと思いますし、「自分ならでは=自分が得意」ということだと思います。

 

また、

”目標や目的をもって生活し、一日を振り返る習慣をもつことだと思います”

ともあり、こちらにも共感します。

 

自分の意志で「こう生きよう」と考えて、それを実行すれば、仮にうまくいかなくても何も考えずフラフラ動いているよりも充実感が生まれると思います。

 

また、下記のサイトには、

”充実感の高い人は、いろいろな趣味を持っていたり、仕事とは別の活動を楽しんでいたり、人間関係が良好だったりと、人生に「幅」や柔軟性が見受けられます。”

とあります。

社会的に成功しても埋まらない「充実感」の格差 ~社会性と自分性 | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online

 

このような意見は他でも見たことがあります。

人生に幅や柔軟性がある方が、どれかで行き詰っても他の分野で息抜きができるといいます。

 

また、

”社会的な水準やレベルが満足できるところまで高いからといって、それに連動して人生の充実感も高まるというわけではないということです。”

ともあり、これも確かに・・と思うところです。

 

結局、自分自身が何のために生きるのか?というところを自分自身で定める必要があると思います。

それを考えるのサボっていては、充実感など得られないし、それを人に任せることは充実感を放棄しているのと同じです。

 

忙しさや日々にかまけているとそのような事を考える時間もないかもしれませんが、これは人生のどこかしらで考えさせられるテーマではないかなと思います。

(話がずれますが、このような事を考えるのはそれだけ時間・暇・余裕が現代日本に生まれているからかもしれませんが・・・)