冷静と情熱のあいだで

あっちこっち言っている・行っているブログです。

仕事は楽しいものか?

仕事を楽しもう

 

というニュアンスのフレーズがある

 

しかし、仕事は元々楽しむ為のものではないのだから、楽しいものではないはず

 

仕事は何かを完成させるのに人の手が必要だから、自分の手を貸しているものだろう

 

何かプロセスがあって、そのプロセスに人が入らないと何かが完成しないから、人が介在している

 

遊びは何も完成させなくていいし、プロセスを流していればいいので、行動すればいいだけだ

 

いっぽう、仕事は何かを完成させないといけない任務を背負っている

 

なおかついつまでにという期限もある

 

楽しさだけを追求は出来ない

 

しかし、今のところは自分がその場所にいるので、自分がやらないと何かが完成しない

 

完成させる達成感は味わえそうだ

 

あとは自分が完成させた何かが人に届いているのを実感出来たら喜びを感じられそうだ

 

仕事では楽しさより喜びを感じられるのかもしれない

幸せとは何か

幸せとはなんだろう

 

お金だけではない

 

ということは今の時代明白になっている

 

お金だけではない

 

というのは但し食うに困ってないことが前提ではあるが

 

食うに困っていないことを前提で

 

幸せとはなにか

 

を考えてみると、

 

自由があること

 

自分の思い通りになる時間があること

 

じゃないだろうか

 

身体的自由がなくても幸せになれる可能性もある

 

幸せは本人の考えが決めるものだからだ

 

しかし考えただけの幸せは、そのままにしておくには勿体ない

 

出来れば実現したいところではある

 

いっぽう、

 

実現出来るかは天命のみの知るところで、

 

努力は実行出来るが、

 

それが実るとも限らない

 

だから、少なくとも実行出来る環境があれば幸せではあるし、

 

それ以上を求めるのは神頼みレベルとも思われる

 

思いついた事を何個か実行出来たら、

 

それだけで十分幸せと言える

 

実行の余地があるのなら、

 

100点はまず取れないだろうけど、

 

そもそも100点というものも、

 

社会の幻想で個人の考えには無関係なはずなので、

 

やるだけやってみたら

 

それで幸せと思う心を持って臨んだら

 

結果と関係なしにこれを実行するだけで幸せだ、というものがあれば

 

幸せを意識的に感じられるかもしれない

情熱の見つけ方

人生に情熱を持たせたい。

 

その為にどうすればいいのか?

 

世の中には色々なアドバイスがある。

 

よくあるのが、書き出してみて、自己分析する、というもの

 

しかし、私はどうやらそれだと情熱が見つからないようだと思ってきた。

 

自己分析で必要なものが見つからないのであれば、何か刺激が必要だろう。

 

書籍か人との会話による刺激だ。

 

書籍はトライ出来る回数は多いけれども、自分へのインパクトは弱い

 

人との会話は回数を多くするのが難しいけれど、自分へのインパクトは絶大だろう

 

どちらがいいという訳ではなく、どちらも行った方が、何かに出会える可能性は高まるはずだ

 

そして更に必要な事が、思いついた事を実行する、という事だ

 

さらに実行した上でその知識を自分の血肉にする必要があるようだ

 

十分な知識もないまま、何かについて情熱を持つなんて難しいようだ

 

上に書いたような、読書・人との会話・それらから刺激を受けた後の行動、これらを具体的に実行していきたい

人生に熱を持たせる(与沢翼から学んだこと)

blogを書いている時に急にwifiが切れて、書いたブログが消えたかと思い血の気が引きました。

 

しかし、自動一時保存が利いていて一命を取り留めました。

 

一時保存大事です。。

 

 

私は今自分の人生に熱が足りないと思っている。

 

昨日あの与沢翼に密着するという動画を観た。

 

www.youtube.com

 

与沢翼は確か情報商材を扱っていて行き詰ったので、

 

詐欺まがいのイメージしかなかったが、

 

この動画によると今は投資家として成功しているらしい。

 

与沢翼を好きな人は少ないと思うけれど、

 

何かを参考にする時は、その人の人間性がどうかという事は

 

合理的に考えると無関係だ。

 

そんなことはどうでもよく、参考にできるところを吸収すればよいと思う。

 

投資では完全に自分の知識と勘しか拠り所にならないので、

 

いかさまは通用しない。

 

そんような投資で成功したということは、いけ好かない人間であっても

 

実力があるということになる。

 

そして与沢翼の言葉には力があった。

 

金に魂を売った、ということも言っていたが、

 

彼の言葉にも魂が籠っているように感じた。

 

彼は本気で生きている。

 

彼の奥さんも金だけでなく、その凄みに惚れたところも少なからずあったのではないだろうかと感じた。

 

熱を持った生き方をしているところは、見習いたいと思った。

人生に悩む余裕があるだけ幸せなはず

自己啓発本を読んでも、人生の道しるべにはならない

私は人生にとても悩んでいます。

 

特に社会人になってから、10年程ずっと悩んでいます。

 

しかし、答えは出ません。

 

自分がどのように生きるべきなのか、定まっていません。

 

自己啓発本も一時期は読み漁りました。

 

しかし、そこには答えはかいてありません。

 

結局、自分の生き方は自分で決めるしかないので。

 

現在は、とにかくこうしようと決めて、

 

物事を進めていくしかないだろう、と思うようにはしています。

 

しかし、大して行動出来ているわけではありません。

 

そんな自分を不甲斐なく思うこともあります。

 

◆人生に悩むのは贅沢病だ

しかし最近思うのが、こうやって人生に悩むのって贅沢病だよなということです。

※職場や学校等でメンタルを病んでしまうのは贅沢病に該当しません。

 ここで言っているのはあくまで自分の中だけで悩んでいる場合で、

 他者との関係で病んでしまうのは該当しません。

 

人生に悩む時間があるのってすごく贅沢だと思います。

 

世の中にはそんな時間なんかない人も沢山いると思いますし、

 

日本でも少し昔はそうだったんじゃないかと思います。

 

現代ではスマホや家電等の文明の利器により、昔に比べたら時間に

 

余裕が出来ています。

 

そんな時、自分の人生について悩み、いくらか選択肢があるとしたら。。

 

どれだけ贅沢なんでしょうか。

 

幾人もの先人達に比べたら、随分と恵まれているんじゃないでしょうか。

 

◆でも人生について考えるのは疲れるから、休みつつ行きましょう。

 

その一方で人生に悩むことは脳を疲れさせると思います。

 

贅沢な一方で、楽ではない。

 

なので、疲れる前に一休みする必要もある。

 

適度に休みつつ、自分の人生に悩むことの出来る贅沢さを噛みしめながら、

 

自分の人生こんな感じがいいだろうか。。?

 

とか夢想するのはとてもいいものだと思います。

 

 

他人や人生に何かを求めすぎない方が楽?

他人や人生に何かを求めすぎて疲れていないでしょうか?

 

◆他人に何かを求めすぎない

 

私は他人に対してはなるべく求めすぎないように心掛けています。

 

昔は他人に対して、「何でこいつはこうなんだ?理解できない!」

などと腹を立てたりしていました。

 

今思うとムダなエネルギーの使い方です。

 

他人に何かを求めたところで、自分がその人をコントロール出来るわけでもないですし、そうする必要もない。

 

自分がなにかの先生なら、他人に何かを植え付けるのが仕事なので、

他人の意識を変える必要はありますが、

そうでない人が他人の意識を変えたりしようとすると、多大なエネルギーがかかります・

 

他人に何かを期待しすぎることは、自分のエネルギーを勝手に消耗するだけです。

 

他人からは一歩引いて適切な距離感を保った方がいいです。

 

むしろ他人への過剰な期待は傲慢ですし。

 

 ◆人生に対しても求めすぎない方がよい?

 

一方、人生に対しても何かを求めすぎない方が楽だといいます。

 

しかし、私は人生に対しては求めてしまいます。

 

人生に対して求めるということは、自分に対して求めるということです。

 

確かに人生において名誉・金などなどを求めすぎると、非常にエネルギーを要します。

 

肩の力を抜いて生きている人の何倍ものエネルギーが必要でしょう。

 

でも、自分に対して求めるのであれば、エネルギーをかける甲斐もあります。

 

要は、結果に囚われ過ぎなければよいのだと思います。

 

今すぐ●●が欲しいから▲▲をガムシャラにやったけど手に入らなかった時に、

 

どう考えるかだと思います。

 

2年間浪人してガムシャラにやったのに、志望校に受からなかった、

 

その時に出来事をどう解釈するかだと思います。

 

結果だけ見たら、点数は0点かもしれません。

 

でもガムシャラにやらず何となく進学した場合と比べて納得感が違うと思います。

 

結果よりも、「力を注いで何かを実行できた想い出」の方が大事ではないでしょうか?

 

人生に対しては沢山求めるけれど結果に囚われない、そう過ごしていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

やりたいことが見つからない

今転職活動をしているのですが、

 

やりたいことが見つかりません。

 

このテーマは新卒から断続的に考えてきてはいるのですが、

 

何も見つかりません。

 

純粋な子供のような気持ちで言えば、生まれ変わったら芸術家かミュージシャンに

 

なりたいのだけれど、30歳を過ぎた職業選択でそれは出来ないです。

 

やりたいことがない人など沢山いるだろうし、

 

バリバリ稼いでいるコンサルタントの人に何でコンサルタントになったか聞いたら、

 

「金だよ。やりたいことなんかないでしょ。」

 

と言われました。

 

また、厚切りジェイソンさんのインタビューを読んだら、

 

「日本人はやりたいことを重く考えすぎている」

 

とおっしゃっていました。

 

townwork.net

 

 

確かに自分はやりたいことを重く考えてしまっている気がします。

 

山田ズーニーさんの記事でも、

 

いまできること、いまやるべきことをやっていくと、
チカラや技や自信がコツコツ増えていって、

いまより少し視野がひらけてくる。

 

「他者を満たすことで、自分が満たされる。」

そのとき、その人の、
やりたいこと・やるべきこと・できることが一致した

「本望」が叶う

と私は思う。

 

 

とありました。

 

ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。

 

 

自分の他者を満たすスキルがあるか?と問うと、足りな過ぎて愕然とします。

 

 

できること(他者に貢献できること)を積み重ねていきながら、

 

やりたいことを探していく

 

そのようなスタンスを取る必要があります。

 

そもそもできることが少なかったりレベルが低かったりしたら、

 

やりたいことを主張する資格もないです。

 

資格が出来るとしたら、主張を裏付けるだけの本気の情熱でしょう。

 

「本気の」というのが重要で、

 

付け焼刃の刹那の情熱では人が信用しません。

 

その情熱の根拠となる具体的な「体験」が必要です。

 

その「体験」もなしに情熱を帯びようがない。

 

まとめると、

 

・日々、「できること」を増やす

・日々、「体験」を見つけに行く

 

この二つを心掛けていこうと思います。